東日本大震災から10年。
三陸からの贈りもの

2011年3月11日、われわれが決して忘れることができない東日本大震災が発生しました。全国で約1万9600人が亡くなり、今も2500人以上の行方が分かっていない、まさに未曾有の災害から10年が経ちました。今回は、地震と津波によって工場が壊れたり、伝統のタレを失うなどした水産加工者の「この10年」の想いを伺いました。当時の失望から気丈にも立ち上がり、新たな商品を産み出し、前へ前へと進んでいく姿からは、大きな感銘を受けずにいられません。

三陸の海の幸をご紹介することにより、あの悲惨な災害を風化させないためにも、また、今なお続く復興の一助になれば幸いです。

見事に復活!
世界に誇る「気仙沼のふかひれ」

ふかひれ

テレビ「満天☆青空レストラン」に何度も登場している、ふかひれ専門店、気仙沼の石渡商店。創業は昭和32年、香港へふかひれを輸出するなど、気仙沼のふかひれを世界に広めた企業です。

震災当日は、気仙沼湾は大規模な火災が発生し、火のついたがれきが港を漂っていたので工場には近づけませんでした。2日後に川の対岸から確認したところ、工場、事務所、倉庫全てが全壊・流出、大変残念なことに従業員の方がおひとり津波で亡くなられたそうです。

家族の自宅倉庫で
生産再開

そんな悲しみのなか、2011年7月には家族の自宅倉庫を改造し、3名の従業員と共に生産を再開しました。同社の石渡専務は、長年、取引のあった得意先に再開した工場から商品を出荷したことが、この10年で一番嬉しかった事だったといいます。2012年10月には、同じ市内の別の場所に新工場を竣工し本生産を開始されました。世界でも高く評価される「気仙沼のふかひれ」が、震災の翌年には、早くも新たなスタートを切ったのです。ふかひれ商品の中でも、ひと際、人気を誇ったのがふかひれを贅沢にもまるごと使った「ふかひれ姿煮麺」。三陸産あわびをミンチにして煮込んだリッチなスープにコラーゲンたっぷりの分厚いふかひれがドーンと1枚。大変豪華な中華麺です。

ふかひれ姿煮麺

気仙沼の美味しさが結集した
オイスターソース

気仙沼完熟牡蠣のオイスターソース

この10年で新たに開発された商品のなかでも「気仙沼完熟牡蠣のオイスターソース」は、思い入れが強い逸品。気仙沼・唐桑の牡蠣生産者と共に、食べる人のことを想い、化学調味料・保存料など一切使用しない特許製法で生産されています。「牡蠣の旨味」を全て凝縮した、和洋中問わず様々な料理に使える、気仙沼の海の幸の美味しさが詰まった万能調味料です。震災では牡蠣生産者も多くの方が犠牲になり、養殖施設も甚大な被害を受けました。そんな方たちと産み出した商品だからこそ、思い入れが強いのではないでしょうか。

気仙沼の為に、
持続可能な水産業を目指す!

「商品を喜んでもらえるお客様の笑顔が一番」と言う、石渡専務は「変えない事と変える事」を見極めながら、地元・気仙沼の為に持続可能な水産業を目指されています。今回紹介していない「フカヒレステーキ」など、気仙沼のふかひれブランドを広めようとチャレンジする姿に引き続き注目です。

女川の郷土料理
「ほやたまご」を全国に!

ほやたまご

牡鹿半島の付け根に位置する女川町は、全国有数のサンマの水揚げで有名な“女川港”を持つ漁業の町です。そんな女川で愛されてきた郷土料理をベースにした水産加工品を生産してきた「マルキチ阿部商店」。なかでも、さんまの昆布巻「リアスの詩」は品評会で農林水産大臣賞も受賞した女川を代表する逸品です。地震発生時は通常業務中。その後の津波で工場全てが流出したものの従業員は避難して全員無事だったそうです。

7月には間借りして生産を再開!

ほやたまご

知り合いの水産加工工場に間借りして仮設ながら7月から生産を再開しました。先代から受け継いだ「タレ」は津波で失ってしまったけれど、従業員のおかげでこれまで通りの味を再現できたそうです。操業再開までに寄せられた多くのお客さんからの支援物資や激励に大変勇気づけられたといいます。

「ほやたまご」の誕生!

ほやたまご

震災後、新たな商品「ほやたまご」の生産が始まります。「ほや」の食べ方は一般的に「酢の物」や「塩辛」などに限られていましたが、女川では郷土料理として、ゆでたまごをほやで包む「ほやたまご」がありました。かつて同じ地元の郷土料理だった「さんまの昆布巻き」を商品化した経験から、この「ほやたまご」の商品化に着手。手間のかかる料理なので商品化には困難が予想されましたが見事に成功しました。ほや独特の香りや食感が残しつつも、大変食べやすく、現在では「ほや」未経験のユーザーにも受け入れられて、リピーターも多い人気商品になったそうです。

明るい会社で、女川を元気に!

震災後、女川を離れる人も多いなか、同社の阿部社長は「はじめられる人からはじめないと女川の町は回っていかない」と2011年末の報道のインタビューに答えています。そんな阿部社長は、大きな困難を乗り越えてきたからこそ「地元で明るい会社であり続けたい」と語っています。住む人、働く人が笑顔でいられる女川にしたい、地元を愛する「マルキチ阿部商店」ののこれからの新商品にも期待が高まります。

本当に「ことこと」調理した煮魚!

温かい煮魚

古くから水産業が盛んで、生マグロの水揚げ、蒲鉾など魚肉練り製品の生産は日本一、さらに全国指折りの人口あたりの寿司屋が多い三陸の港町、宮城県塩竈市。東日本大震災では、浦戸諸島と松島湾の島々によって津波の被害が比較的少なかったと言われますが、浸水や建物の倒壊などの被害は甚大でした。

そんな塩竈で1950年に創業した「真だら」取り扱いの全国有数の企業「ヤママサ」。

幸いにも津波の被害はなかったものの、地震によって工場が半壊し、停電で冷蔵庫が止まるなど大きな被害に遭いましたが、プロパンガスを使用していたこともあり、冷蔵庫の魚を調理し、避難所にいた被災者に「温かい煮魚」を届けることが出来たそうです。

翌月には試験的に操業開始!

足の踏み場もないような状況から片付けをはじめ、翌月には試験的な製造ラインを確保し操業を開始、5月には本格的に製造を再開しました。その際にも「あの時の温かい煮魚は忘れないよ」と避難所にいた方から感謝されたそうです。

「ことこと煮魚・食べきりサイズ」が誕生!

ことこと煮魚シリーズ

震災後、被災者に配布して大変感謝された煮魚が一層進化。全国水産加工品総合品質審査会で「金華さば仙台みそ煮」「三陸産さんま佃煮」「三陸産あなご飯」が三年連続受賞するなど、ヤママサの丁寧な仕事はより一層評価されました。お年寄りの一人暮らしや、家族でも孤食が多くなっている中、今でも大鍋で丁寧に調理されるヤママサの「ことこと煮魚シリーズ」は、ひと商品ごと個包装され、食べやすいと好評です。仮設住宅などで生活していたお客様にも好評だったそうです。

地元食材を使った
お惣菜やデザートも!

デザート甘酒

ヤママサでは、地元・宮城県産の食材を使ったお惣菜やデザートも人気です。濃い甘さが特徴の「ちぢみほうれん草のごまあえ」や、宮城のブランド米「ひとめぼれ」と地元産の米麹で作った「デザート甘酒」などは、魚の加工技術を応用した商品です。ヤママサの三嶋社長は「今後は、魚をはじめ地元食材を使った商品を広げて地域に貢献したい」と話されています。

東日本大震災から10 年、大きな被害に遭い、大きな試練を乗り越えてきた人々に改めて尊敬の意を表するとともに、引き続き応援を続けましょう。